ホーム > 観光情報 > 観光スポット > 歴史 > 外浦小路(ほかうらこうじ)武家屋敷通り

ここから本文です。

更新日:2024年2月29日

外浦小路(ほかうらこうじ)武家屋敷通り

外浦小路は、最初、西彼杵半島の外海地方の武士を住まわせたので、その名があります。しかし、後半ではそれ以外の地方の武士も居住するようになりました。

大村神社、一の鳥居から南へ6町13間半(約679メートル)ありました。産物役所、普請役所、内潟内練場があり、大村邦三郎(大村彦右衛門系)、長崎文四郎(長崎甚左衛門系)などの12戸の屋敷がありました。

大正時代に師範学校が建設された際に、通りの大部分が消滅し、通り自体がわかりにくくなっています。現在では大村城南高校が建っています。

外浦小路跡地に建立された石碑

よくある質問

お問い合わせ

産業振興部観光振興課観光振興グループ

856-8686 大村市玖島1丁目25番地 本館2階

電話番号:0957-53-4111(内線:241)

ファクス番号:0957-54-7135