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更新日:2020年4月3日

大村純熙

大村

大村藩12代藩主大村純熙は10代藩主純昌の8男として、文政13年(1830)に生まれ、弘化(こうか)4年(1847)18歳で兄純顕(11代藩主)の跡を継ぎ、丹後守に任じられ、台山と号しました。侍医尾尾本公同(おもとこうどう)について蘭学を学び、世界の大勢に通ずるようになりました。

文久3年(1863)末、三十七士の盟という少壮気鋭の中堅士分の集まりができました。純熙はこれを母胎として藩政改革を計ったのです。上下の意志の疎通をはかり、人事を刷新し、尊王攘夷の方針を明確に打ち出し、兵制を西洋銃隊に改革しました。急激な改革のため、慶応3年(1867)正月には大村騒動が起きました。この事件の処理後、藩の方針は固まり、薩長と共に戊辰戦争で活躍しました。その功により3万石の賞典を賜りました。

明治2年大村藩知事、4年に大村県知事に命じられました。同年、辞して上京、欧米視察の途に上りました。版籍奉還後の明治3年、藩内に小学校を設け、その後、中学校の設立、奨学制度を設けるなどの育英事業や郷土振興事業にも力を尽くしました。明治15年に亡くなり、従三位に叙せられました。

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