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更新日:2017年5月12日

浜田謹吾

浜田勤吾少年

明治元年(1868)7月27日、戊辰戦争において幕府側であった奥羽諸藩を追討する北伐軍として、大村藩の三番隊326名が新蔵波止から出発しました。この中の第2番手の鼓手として15歳の少年、浜田謹吾がいました。この派遣隊は8月11日、秋田県男鹿半島の舟川港に上陸し、各地を転戦しました。9月14日・15日の刈和野の戦いが山場で、大村藩兵は吹雪をついて悪戦苦闘し、戦いを勝利に導いています。

後に賞典録3万石という破格の恩典を賜うことができたのは、この戦いによって抜群の功績が認められたことも一つの理由です。謹吾少年は15日の戦いで壮烈な戦死を遂げました。

血で染まった衣服の襟に、わが子の出征を励ますために書きしるした歌が縫い込んでありました。「二葉より手くれ水くれ待つ花の 君が御為に咲けやこの時」これを見た現地の人々はたいへん感激し、手厚く葬りました。昭和10年頃、戊辰事蹟保存会の方々の手で、角館の常光院内官軍墓地に歌碑が建てられました。この縁で昭和54年秋田県角館町と姉妹都市を結び友好を深めています。

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