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更新日:2018年3月15日

外浦小路(ほかうらこうじ)武家屋敷通り

外浦小路は、最初、西彼杵半島の外海地方の武士を住まわせたので、その名があります。しかし、後半ではそれ以外の地方の武士も居住するようになりました。

大村神社、一の鳥居から南へ6町13間半(約679メートル)ありました。産物役所、普請役所、内潟内練場があり、大村邦三郎(大村彦左衛門系)、長崎文四郎(長崎甚左衛門系)などの12戸の屋敷がありました。

大正時代に師範学校が建設された際に、通りの大部分が消滅し、通り自体がわかりにくくなっています。現在では大村城南高校が建っています。

外浦小路跡地に建立された石碑

 

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