ここから本文です。

更新日:2016年3月25日

上小路(うわこうじ)武家屋敷通り

上小路武家屋敷通り

元は、地名をとって尾の上小路と言われ、その後略して「上小路(うわこうじ)」と呼ばれるようになりました。本小路ほどではないものの、針尾家や浅田家などの家老屋敷もあり、古くから重臣の屋敷が多かったようです。また、幕末には、斎藤歓之助の開いた剣術道場「微神堂(びしんどう)」もありました。また、幕末にこの通りで起こった松林飯山(はんざん)暗殺事件は、大村藩が勤王という方針を決定するきっかけとなった藩を揺るがすもので、暗殺じけんから多くの下手人の処罰までの一連の騒動は大村騒動(小路騒動)とよばれています。奇しくも、暗殺事件の被害者である針尾九左衛門と松林飯山の屋敷がこの通りの両端に位置します。

この針尾九左右衛門屋敷を経て、往還路(長崎街道)まで9町38間5寸(約1050m)あり、37戸の屋敷が続いていました。

五小路としては、もっとも多くの屋敷が並んだ通りで、現在でも多くの石垣が残された場所の一つとして当時の面影を感じさせます。

よくある質問

お問い合わせ

大村小学校

856-0834 大村市玖島1丁目61番地

電話番号:0957-53-7117

ファクス番号:0957-53-7118