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更新日:2016年1月1日

1-9武家屋敷街

平成23年3月時点の情報です。

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五小路をそぞろ歩く

玖島(くしま)城の周りには、五小路(ごこうじ)とよばれる武家屋敷跡があります。五小路というのは、本小路、上(うわ)小路、小姓小路、外浦(ほかうら)小路、草場小路の5つの武家屋敷街をさします。

本小路:城の大手門に通じる格式の高い通り

本小路は城の大手門(正面の出入り口)に直結する、もっとも格式の高い通りで、道幅も五小路の中ではいちばん広くなっています。大村藩のおもな施設や家老クラスの屋敷があったところです。

本小路を下って国道に向かう途中の、大村市立大村小学校のそばに、九州では最古の藩校・五教館(ごこうかん)の御成門があります。幕末には、五教館から楠本正隆(くすもと・まさたか)、長与専斎(ながよ・せんさい)ら多くの偉人が育ちました。五教館は武士だけでなく、農民や町人にも入学を許すなど、当時としては画期的な藩校でした。

御成門は藩主専用の門で、長崎県指定文化財になっており、通称「黒門」とよばれて市民に親しまれています。大村小学校に残されており、入学時と卒業時に生徒はこの門をくぐります。

上小路:城の搦手(からめて)に至る道

本小路の北側にある上小路は、城の搦手(大手門の反対側にある出入り口、裏門)に至るもっとも長い通りです。美しい漆喰塀(しっくいべい)と石垣を持つ浅田家家老屋敷跡がありますが、現在は民家になっています。石組みの側溝は、歴史を感じさせてくれます。

この道を上って長崎街道と交差するところに、幕末の賢人で、大村藩勤王三十七士の思想的指導者となった松林飯山(まつばやし・はんざん)の屋敷跡があります。近くには飯山の遭難碑があります。飯山は城からの帰宅中、ここで何者かに斬殺されました。

上小路

小姓小路:武家屋敷街の雰囲気をいまに伝える

本小路の南側の小姓小路は、藩主のそば近くに仕えた小姓の屋敷があったところです。武家屋敷街の雰囲気がもっともよく残っており、連続する石垣群に統一感の美しさを見ることができます。

この通りを下りきったところに久原城跡があります。大村藩の記録によると、大村氏が当地に来住したとき最初に入った場所と記されています。

外浦小路:外海(そとめ)の武士の住まい

外浦小路は当初、西彼杵半島の外海の武士を住まわせたことから、その名がつきました。現在の長崎市には外浦という地名があります。

草場小路:色彩と造形が面白い「五色塀(ごしきべい)」

草場小路は五小路の中でも最北にあります。短い通りですが、海石を漆喰で固めた色彩と造形が面白い、「五色塀」とよばれる独特の塀が目を引きます。とくに漆喰が織りなす立体的な線は見逃せません。

草場小路

お問合せ先

大村市教育委員会 文化振興課

住所:〒856-8686大村市玖島1-25

電話:0957-53-4111

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