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更新日:2016年1月1日

1-3旧楠本正隆屋敷

平成23年3月時点の情報です。

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3つの入り口と質素な半床

新潟県令(知事)など要職を歴任

楠本正隆は、天保9年(1838)に玖島(くしま)城下岩船で生まれ、大村藩勤王三十七士の1人として倒幕に活躍し、維新後、大久保利通に認められ、新潟県令に任命されました。当時、新潟県は信濃川の工事など難題を抱えており、優秀な県令が治める必要がありました。正隆はその後、東京府知事、東京市議会議長、衆議院議長などを務めました。

ここでは、楠本正隆という人物ではなく、県指定文化財である旧楠本正隆屋敷の魅力を紹介します。

質素倹約を表す「半床」の床の間

大村市玖島2丁目にある旧楠本正隆屋敷は、明治3年(1870)に建てられました。石段を上り門をくぐると、3つの入り口があります。一番右の入り口がもっとも広く、主人(正隆)より目上のお客を迎える玄関です。真ん中の入り口から主人が出入りし、その他の家人は左手の入り口を使っていました。

お客を迎える入り口を通ると右手に15畳の座敷があり、奥行きの狭い「半床」の床の間が見えます。床の間は畳1畳分あるのが一般的ですが、半床は幅が半畳分しかないので、こうよばれています。大村藩内の屋敷や寺院ではよく見られる造りで、質素倹約の表れと伝わっています。

座敷の正面には、庭園が広がっています。池の中には2つの島があり、鶴と亀が配されています。向かって右手の島が鶴、左手の島が亀を表しているといわれます。

旧楠本正隆屋敷は、長崎街道の大村宿にあった深澤儀太夫(ふかざわ・ぎだゆう)屋敷の、良質な建築材を再利用したものです。専門家によると、座敷の庭園に向かって右手の板は、屋久杉を使っているそうです。

座敷から御前の間を通り、渡り廊下をゆくと離れがあります。この部屋には、明治維新で活躍した正隆ら大村藩士の資料が展示されています。

旧楠本正隆屋敷

イベントと開館時間

  • 特別な催し…ひな祭り。毎年3月末~4月上旬。旧藩主・大村家に伝わるひな人形を見ることができます。
  • 秋…ライトアップイベント。闇に照らしだされた庭園を眺めながら音楽を聴き、幽玄の世界を味わうことができます。
  • 開館日…火曜日~日曜日(年末年始は除く)
  • 開館時間…午前9時~午後5時

大村家に伝わるひな人形

お問い合わせ先

旧楠本正隆屋敷

住所:〒856-0834大村市玖島2-291-4

電話番号:0957-52-9885

よくある質問