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更新日:2017年10月26日

正誤表

ページ 修正箇所
52 後から5行目 延宝五年令 延宝四年令
後から8行目 延宝五年(一六七七) 延宝四年(一六七六)
155 4行目 貞享三年(一六八四) 貞享三年(一六八六)
224 3行目 慶安三年(一六五〇)には金二八〇〇両を投じて大村に天台宗円融寺を建立したほか、 慶安三年(一六五〇)には大村に天台宗円融寺建立に先立ち、金二八〇〇両を献金したほか、
252 後から8行目 享保十八年(一八三三) 享保十八年(一七三三)
261 5行目 寛政二年(一八九〇) 寛政二年(一七九〇)
262 後から6行目 翌七月二十八日 同七月二十八日
289 2行目 寛文四年(一六六四) 寛政四年(一七九二)
297 4行目 六方(五島市増田町) 六方(五島市平蔵町)
368 5行目 (『日本漁業史論考』誠美書閣一九四四) (木島甚久『日本漁業史論考』誠美書閣一九四四)
385 後から9行目 天明二年(一七八八) 天明八年(一七八八)
395 後から3行目 (諸代大名) (外様大名)
396 表3-8左から3列目(1633年) 譜代大名 外様大名
同左から2列目(1710年) 小田切靭貞直宏 小田切靭負直廣
同左から3列目(1716・7年) 書院番 小姓組
同左から4列目(1746年) 600 900
同左から2列目(1746年) 小笠原内師匠信用 小笠原内匠信用
同左から3列目(1746年) 不明 書院番
同左から4列目(1746年) 不明 2600
同左から4列目(1761年) 不明 1100
同左から4列目(1761年) 不明 600
410 12~13行目 寛政十年に 寛政4年に
411 1行目 大村純長 大村純信
426 5行目 伊与 伊予
図3-9 【註】石井謙治『和船1.』〈ものと人間の文化史76-1.〉(法政大学出版局1995年)から加筆転載。 【註】森須和男『八右衛門とその時代』(浜田市教育委員会2002年)から一部修正転載。
430 8行目 翌二年(一八〇三) 翌三年(一八〇三)
431 3行目 (島根県大田市湯泉津町湯泉津) (島根県大田市温泉津町温泉津)
438 表3-15最右列 島根県浜田市新町
出羽屋(石橋家)「出羽屋客船帳」
(浜田市立中央図書館所蔵「鶴田文庫」)
島根県浜田市新町
出羽屋(石橋家)「出羽屋客船帳」
(浜田市立中央図書館所蔵)
445 後から4行目 肥前の壱岐・五島 肥前の五島、壱岐
後から3行目 広島・玉野 広島、備前の玉野
505 後から2行目(註(2)) 166頁 176頁
518 6行目 藩令 藩命
525 後から6行目 (四七万三一〇〇名) (四七万三一〇〇石)
565 7~8行目 享保八年(一七九六) 享保八年(一七二三)
633~634 最終行~1行目 二基の芭蕉塚を建立する。 、後に二基の芭蕉塚建立へつながっていく。
651 後から7行目 吹上場所 吹上墓地
679 2~3行目 文化四年(一八〇七) 弘化二年(一八四五)
722 後から5行目、3行目 大村純頼 大村純信

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